日本固有種のニホンイシガメは減っている?

ニホンイシガメの現状


ニホンイシガメ Mauremys japonica は日本の本州、四国、九州及び属島に生息する日本固有種です. 世界中どこを探しても日本にしか分布していない貴重な淡水性カメ類です.

 

しかしながら, 近年日本各地からの消失が懸念され, 現在ではIUCN(2000)及び環境省(2012)のレッドリストにおける評価はともに準絶滅危惧種(NT)に指定されています.

 

では, この貴重な固有種はどのくらいのスピードで各地から減少しているのでしょうか?.

 

実際のところ, それは誰にもわかりません. ニホンイシガメの個体数減少を定量的に示した研究はあまり報告されていないためです (e.g. 小菅・小林 2015). これまで, 日本各地からの消失が懸念されていながら, 本種の個体群動態に関する長期的な研究が報告されてこなかったことがニホンイシガメに対する保全対策の遅れに繋がり, 絶滅危惧種への仲間入りをさせてしまった原因の一つになってしまいました.

 

本種の減少傾向を定量的に示すデータはほとんど報告されていない一方で (e.g. 小菅・小林 2015), 日本各地において複数の研究グループが長期的な標識再捕獲調査に取り組んでおり, 10年以上の時間スケールから本種の個体数減少を示す重要なデータを得ることに成功しています. 今後, これらの調査結果が学術論文として公表されることにより, 我々は本種の急激な衰退の現実を知ることになるのではないでしょうか(e.g. 小賀野他 2015).

 

それでは, ニホンイシガメの個体数を減少させる要因はいったい何なのでしょうか. 藤田・寺岡(2013)により, 本種の減少要因として4つの要因が指摘されきました. しかしながら, 先行研究の頃に比べ, より詳細に本種に与える影響やその重大性が明らかにされてきたため, 今回新たに1つの要因を加えた5つの要因を以下に整理していきます.

生息地破壊


第一の要因として, 生息地破壊が挙げられます. 淡水性カメ類の多くは水域から陸域といった, 私たちが想像している以上に広い範囲の様々な環境を利用しています. 水域としては河川などの流水環境や溜池などの止水環境が主な生息地となります. 灌漑期には餌動物の豊富な水田を採餌環境として利用しています. 一方で, カメ類は陸地に産卵するため, 個体群を維持するためには, 普段利用している水域だけではなく陸域の存在が必要になります. 従って, これら水域と陸域との繋がりが遮断されるような人為的な改変はカメ類に負の影響を与えると予想されます.

 

人為的な生息地の改変がカメ類の個体数を減少させることを実証した研究として, Usuda et al (2012)が挙げられます. Usuda et al (2012)は河川改修によりカメ類の個体数が減少することを実証しました. これは, カメ類の活動性が鈍くなる冬季に, 重機を用いた改修工事を行ったために, 直接的にカメ類の死亡率が高まったことが原因であると指摘されています. さらに, 河川改修により越冬場所が消失したことや流速の均一化が生じ, 淡水生カメ類の越冬など生息に不適な環境になってしまったために環境収容力が低下し, 改修工事後の個体数回復が見られていないそうです.

乱獲


乱獲に関する問題としては, 環境省(2015)において詳しく解説されています. 環境省(2015)によると, ニホンイシガメの輸出申請は2013年8月から2015年9月の間に約2万8千個体に対し行われた. そして, その約9割が自然分布域で捕獲された野生個体であり, 残りの約 1 割が飼育下における繁殖個体であると報告されています. また, 2015年3月以降, 申請件数及び申請個体数が急激に増加し, 特に, 野生個体の捕獲場所は特定の地域に集中しているようです. このような背景から, 乱獲がニホンイシガメの個体群維持に重大な影響を与えていることが分かってきました.

 

最近のペットブームもあり, 可愛いらしいイシガメの需要が増えていることが悩ましい点の1つです. イシガメは特に皮膚病になりやすく, 水漬けで飼うとあっという間に死んでしまうカメ類であるにもかかわらず, 多くの人はイシガメがずっと水の中に潜んでいると勘違いしているため, 水漬けによる飼育から短期間で死亡してしまいます. さらに, 新たな個体を導入するといった消費的な飼育が続いていくことにより, 多くのイシガメが商業用して消費されていくのではないかと考えています.

アライグマによる捕食


ニホンイシガメの急激な個体数減少を引き起こす最も重大な問題として, 侵略的外来種アライグマによる捕食が挙げられます. 実際のところ, アライグマが本種を捕食している事実を提示した研究は非常に少ないですが (e.g. 小菅・小林 2015), いくつかの状況証拠からアライグマがニホンイシガメの減少を引き起こしていると考えられるようになっていきました. 詳しくは小菅・小林(2015)や小賀野他(2015)で詳細に解説されています. 特に, アライグマの侵入によりニホンイシガメの局所絶滅が生じてしまっているとも報告されています(小賀野他 2015).

 

私たちがこれからしなくてはならないことは, アライグマがニホンイシガメに与える影響を実証し, 効果的な保全対策を検討することです. そもそも, アライグマが在来生物に与える影響に関する研究はあまり研究されていなかったため, アライグマが生態系に与える影響に関する認識は低いのではないかと感じてます.

外来カメ類との資源競争


これまで, クサガメやミシシッピアカミミガメなどの外来カメ類がニホンイシガメと競合し, 餌生物などの限られた資源をより効率的に捕食することにより, ニホンイシガメを追いやっているのではないかと懸念されてきました.

 

この点に関しては, 海外において実験的にアカミミガメが在来カメ類の生存率を低下させることを示唆する研究が報告されています(e.g. Cadi and Joly 2003, 2004).

クサガメとの交雑化による遺伝子浸透及び繁殖干渉


近縁外来種であるクサガメとの交雑化が国内各地で生じていることが最近になり報告されるようになってきました (Kato et al 2010; Suzuki et al 2014). クサガメとの交雑化がニホンイシガメに与える影響として, 遺伝子浸透と繁殖干渉の2つの問題が考えられます.

 

まず, 両種の交雑によって生じた交雑個体(F1)には繁殖能力が残されていることがSuzuki et al (2014)により示されています. 従って, 交雑個体がさらにニホンイシガメと交雑し, 遺伝子浸透が進行していった場合, 純粋なニホンイシガメが絶滅してしまう恐れがあります.

 

一方で, 繁殖干渉とは異種間の性的な相互作用が他種の適応度(産仔数や雌の生存率など)の低下を生じさせる種間相互作用のことを言います. クサガメによる異種間の求愛や交尾などにより, ニホンイシガメの適応度が低下(産卵数の減少など)している場合は繁殖干渉となります。また, 産卵数が減少していなくても, 孵化率や孵化幼体の生存率が低下していた場合も, ニホンイシガメの雌成体の適応度の低下を意味するため, やはり繁殖干渉となります.

 

繁殖干渉と遺伝子浸透問題の違いは, 繁殖干渉には交雑個体の産出が必要な条件に含まれない点が挙げられます. 両種の交雑により, 交雑個体が生じない場合(孵化率が非常に低くなるなど)や産出された交雑個体(F1)に稔性が無かった場合, 遺伝子浸透が生じることはありません. しかし, 配偶子の浪費などのような, 本来ニホンイシガメの雌が産むべき純粋な本種が生まれないといった適応度の低下である繁殖干渉は生じている可能性が高いです.

 

このように, 両種の交雑化の背後には2つの重大な問題が隠されていること, クサガメがニホンイシガメに与え得る負の影響が非常に強い恐れがあることを認識し, 実証的な研究を進めながら, 得られた結果をもとに適切な保全対策を検討していく必要があるのではないでしょうか.

 

その手段の一つにはクサガメの管理が含まれる可能性は非常に高いと考えております.

引用文献


  • Cadi, A., & Joly, P. 2003. Competition for basking places between the endangered European pond turtle (Emys orbicularis galloitalica) and the introduced red-eared slider (Trachemys scripta elegans). Canadian Journal of Zoology 81(8) : 1392-1398.
  • Cadi, A., & Joly, P. 2004. Impact of the introduction of the red-eared slider (Trachemys scripta elegans) on survival rates of the European pond turtle (Emys orbicularis). Biodiversity & Conservation 13(13) : 2511-2518.
  • Kato, H., Kishida, K., & Sasanami, T. 2010. Detection of hybrid individuals between Mauremys japonica and Chinemys reevesii by RAPD. Biogeography 12 : 39-42.
  • 小菅康弘, & 小林頼太. (2015). アライグマによる淡水カメ類の危機. 爬虫両棲類学会報  2015(2) : 167-173
  • 小賀野大一, 尾崎真澄, & 小菅康弘. (2015). 千葉県ニホンイシガメ保護対策協議会の設立とその活動 (特集 日本における淡水カメ類の保全と管理). 爬虫両棲類学会報 2015(2) : 174-183.
  • 藤田宏之 & 寺岡誠二. 2013. 島根県におけるニホンイシガメの保全の必要性. ホシザキグリーン財団研究報告 (16) : 309-313.
  • Suzuki, D., Yabe, T., & Hikida, T. 2014. Hybridization between Mauremys japonica and Mauremys reevesii inferred by nuclear and mitochondrial DNA analyses. Journal of Herpetology, 48(4), 445-454.
  • Usuda, H., Morita, T., & Hasegawa, M. 2012. Impacts of river alteration for flood control on freshwater turtle populations. Landscape and ecological engineering 8(1) : 9-16.